泥だらけの理由(わけ)




川原の土手に、女子校生が寝そべっている。肩にかかる黒髪はまだ湿っていた。土手の上には自転車。

部活の疲れで、もう30分はそこにいた。陽が傾き始め、空の色に赤みが出てきた時刻。

「あー、かったるい。うちまで遠いな・・・。そうだ!」

立ち上がった彼女は自転車にかけより、後輪の止め具を足でけると、ハンドルを左右の手で握り、おもむろに川原を下った。

ガタガタッと大きな音があたりに響く。タイヤがはね上がるのを、全身に力をこめておさえつけた。

川原は女子校生の身長ほどの草が生い茂り、どれだけ歩けば向こう岸につくのか、そして足元がどうなっているのかわからなかった。

青々とした草いきれにムッとした。とにかく一歩踏み出すと、ゴロゴロした砂利と、ややぬかるんだ土を靴底に感じた。

かや、すすきなどの細くて固い茎の部分が、顔や素手に当たる。

川岸に向かうにつれて、水を多く含んだ泥が足にまとわりつくようになり、タイヤが上げたはねが白いソックスやスカートのすそ、

その間の絶対領域に飛ぶのを感じ、顔をしかめた。

立ち止まり、靴先を見ると−

「うわ、何これ。革靴ドロドロじゃない!かといって、もどると土手上らなきゃいけないし・・・。」

対岸のビルに隠れる寸前の夕陽がまぶしく、ふりかえった空の色はオレンジから紺色に変わるところだった。

川は干上がっていて、わずかに数十センチ幅の水が流れていただけ。

焦ってハンドルを押し出すと、いきなり前輪が川の中に沈みこんだ。驚いて引き抜こうとしたが、泥にとられてビクともしない。

先月買ってもらったばかりの大事な自転車。

女子校生は顔をキュッと引き締めて、布カバンから濡れた水着とスイミングキャップを取り出し、サドルにのせた。

ブラウスのボタンをはずし、キャミソール、ブラを順番に脱いだ。水泳部員らしい、いかつい肩をしている。

ハイソックスごと靴を脱ぎ、汚さないよう注意深くスカートを下ろす。白い下着姿で脱いだものをカバンにしまった。

片足ずつ水着を着るとき、少しよろけてぬかるみに踏み込んでしまう。足首を包む軟らかな泥に、先が思いやられる気がした・・・。

自転車の前輪を取り出すには、川底の泥の中に入り、手をつっこんで、下から持ち上げるしかない。

恐る恐る前に進むと、ふくらはぎがズブズブと冷たい泥の中に沈んでいく。足を抜いては踏み出し、前輪の真横に立ち位置を決めた。

両手を差し込むと、タイヤのスポークの間に草の根がからんでいた。ひじまで汚しながら、タイヤを掘り出す。

足に力を入れると、周りの泥が軟らかくなって、腰まで沈み込んでしまった。

「おーい、泥ねえちゃん!」

「そんなに大きいのに、泥んこあそびかよ!」

  見上げると、土手に子供が二人いて、手を振りながらはやし立てているのだ。

すでに日が暮れて、顔は見えない。しまいには棒切れや小石がとんできた。

女子校生は急いではい上がり、茂みに身を伏せて、カバンを引き寄せた。

恐ろしくなってじっとしていると、間もなく声がやみ、パタパタと走り去る音がした。

安心すると、今度は涙がこみあげてきた。恥ずかしさと悔しさで胸がいっぱいになった。タオルを握りしめ、顔をおしつけて泣いた・・・。

10分ほどそうしていただろうか。やがて立ち上がると、自転車をおして足元が濡れていないところまで行き、そこで体をふいた。

シャワーなどあるはずもなく、ペットボトルの茶で手足を洗ったが、髪や肩には乾いた泥がこびりついていた。

何事もなかったように夏服を身につけ、自転車をおす彼女。

息を切らして上りきった目の前に街の灯り。遠くには鉄橋を渡る電車が見えた。


(ブログ「我夢雑報」2010.10.30〜11.14掲載)

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