私はいいなずけが信じられない



星奈が着替えにやってきた。Yシャツのボタンをひとつひとつ外していき、スカートを下ろす。
白いブラ、ショーツ、ソックスを次々脱ぎ捨て、生まれたままの姿になった。

スポーツバックから着替えを取り出した。ピッタリとはりつくような黒の競泳水着。
長い金髪を左右で二つに束ね、頭頂部にまとめてキャップを上からかぶせた。

扉を開けると、そこは温室だった。壁はマジックミラーで外部から見えなくなっており、
天窓から明るい陽射しがそそぎこんでいた。

一歩踏み出すと、グニャッと嫌な感触がして、いきなり足首まで埋まった。
焼き物に使う粘土を水で溶いたものが、床一面に敷きつめられているのだ。

前に進むにつれ、深みにはまっていく。両手をつっ込んで足首をつかみ、力まかせに引き抜くと、
膝から下がすっかり灰色に染まり、つま先から泥の固まりがボタボタ落ちた。

軟らかい粘土の中に腰までつかりながら、両腕でかくようにして進む。
したたる汗を手でぬぐい、頬に泥水がついたのに気づき、苦笑いしたりする。

「小鷹、ちゃんと撮れてる?」
「ああ。」

俺はビデオカメラを三脚に固定し、彼女をその足もとに呼び寄せた。
かたわらに置いたバケツには、水でゆるめた粘土が山盛りになっている。

彼女をあおむけに寝かせると、両手両足を粘土の中にうずめた。胴体だけの彼女が不安げに見つめる。
中途半端に汚れた下腹部からふくよかな胸、そして首にも、ハケで粘土を塗りこんでいく。

目くばせすると、彼女は目を閉じてくれた。そこへさらにハケを走らせ、ようやくでき上がり。
満足そうな寝顔を見て、俺は夜空と出会ったころの出来事を思い出していた。

そのころの夜空は、男の子にしか見えなかった。あるとき、田植え前の泥田にはまってしまった。
ひざから下が沈み、まったく身動きがとれなくなった夜空は、泣きだしてしまった。
そんな意外なもろさに、俺はいまでも魅かれているのかもしれない。

「もういいわ。つきあってくれてありがとう。」
星奈の言葉をうけて、小鷹はビデオカメラを止めたあと、かるく片手をあげて温室を後にした。

星奈は満足して起き上がり、姿見に写した自分を見る。まるで彫像になった気がして興奮した。
惜しむように体の泥をシャワーで洗い、疲れて温室の片隅に寝転がった。

ここはわがままを言って作ってもらった、大切な場所。
高い天窓の向こうで、白い雲がゆったり過ぎていくのが見えた。

小鷹は夜空と一緒になる。学校の隣人部でのつきあいから、そう直感していた。
この世界のどこか、きっと私を信じてくれる人が、ほかにいるに違いない。


(注)このショートストーリーは、アニメ「僕は友達が少ない」のパロディです。

(2013年5月18日掲載)


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