バレンタインデーのごときは・・・



「もう絶対ゆるさないんだから!」
白皇学院生徒会会長、桂ヒナギクは今日も怒っていた。
「いやぁ、あれがヒナギクさんだとは思わなくて・・・。」
借金執事こと、綾崎ハヤテは苦笑しながら、バレンタインデーの出来事を思い出していた。

話はバレンタインデーの、さらに前日にさかのぼる。(若本規夫の口調で。)
「ヒナ、動画研究部の部費のことなんだが。」
「美希、こんな年度末に、追加の申請なんて認めるわけないでしょう。」
「にやー、3人で飲み食いしてたら、いつの間にかなくなってさぁ。」
「泉、目的外使用ね。断然認められません。」
「そこでヒナにも協力してほしいのだが。いやなに、ちょっとしたフェチビデオに出演してもらえればと。」
「理沙、わたしたちは未成年よ。いかがわしいことは法律で禁止されているわ。」
「そうじゃないんだ。自主制作の動画を、学園内でちょっとだけ販売したいだけなんだ。
 許可を出すついでに、憧れの生徒会長さまにご出演いただければ、立派な部活動となるだろう。」
「美希がそこまで言うならいいわ。それで何をしたらいいのか、教えてちょうだい。」

当日ヒナギクは、別室で体操着に着替えた。ふちどりのある木綿地のシャツに、紺のハーパン。
そして黒のハイソックス。特徴のあるピンク色の長髪は、ハチマキでまとめた。
美希たちは手早くブルーシートで生徒会室の一角を覆い、三脚を立てて、ビデオカメラを設置。
現れたヒナギクが気になったのは、白い固まりをいれたバケツと、茶色い液体をいれたバケツ。
「この匂い、チョコレート?」
「そう、ヒナにはチョコレートの銅像になってもらう。チョコレートは融点が人体よりも低いので、
 このラードをあらかじめ塗ってもらい、体温でチョコレートが流れ出さないようにする。」
「理沙は料理研究部に入ったほうがよかったかもね。」
「あはは、このチョコ、あっまーい。」
「ヒナ、ラードは私が塗ってやる。手を出せ。」
美希がラードをひとつかみ取り、ヒナギクの左腕にすりこんだ。
ラードは常温では固体である。それを3人がかりで手のなかでこねて柔らかくし、ヒナギクの全身に
すりこんでいく。シャツ、クツ下がテカテカになる。ヌメヌメした肌の感触は気持ちいいものではない。
暖房を止めた室内に、肉の脂の匂いがただよっていた。
「もういいでしょ。撮影を済ませましょ。」
カチカチの髪のなかから、ヒナギクが厳しい目つきで、3人に指示した。

立っているヒナギクの姿を、下からナメるようにカメラがとらえる。ヒナギクが体育座りをする。
おもむろにバケツに両手をつっこみ、まだ温かいチョコをすくいとる。
カメラ目線。作り笑いでほほ笑む。
「さすがはヒナ。わかっている。」
ゆっくりとすねの上に、チョコの固まりをのせて、つま先からひざへ塗り広げる。
太ももを塗るときは、股の内側は見せず、女の子座りのように、足をくずして。
指先からひじにかけて塗りながら、ゆっくり腕をあげていく。
二の腕の袖口と肌の境が見えなくなるまで、なんども塗り重ねる。
腹、胸には大胆に、たっぷりと。膝をのばして、ややあおむけにした姿勢で。
「はあっ。」
繰りかえし塗っていくうちに暑くなったのか、大きなため息をついた。

それを合図に、ここでいったん休憩。ビデオカメラが一時停止された。
スポーツ飲料のストローを、ヒナギクの口にあてがって給水。
体育座りにさせて、冷却スプレーで冷やし固めていく。
その時だった!
「ヒナギクさーん、いらっしゃいますかー? あれ、今日に限って、扉に鍵が。
 ちゃんとノックしてますから、開けてくださいよ?」
「ハヤ太くんだ!」
「ちょ、こんな姿見られたら嫌。えっ、どうしよう?」
「ようし、こうなったら塗ってしまえ!」
かわいそうなヒナギクは、顔も髪もすっかりチョコに覆われてしまった。

「みなさんお揃いで。なんかの撮影ですか?すごいチョコの匂い。」
なにも知らないハヤテは、まっすぐにヒナギクのそばに向かった。
「これ、なんですか?」
「これは幸福の王女といってな。学園じゅうのモテない男子生徒にこれを
 削っては贈り、削っては贈り、そうやってモテ運を高めてあげるんだ。」
美希は動じることなく、これだけのでっちあげを言ってのけた。
「ふーん、そういう設定の撮影なんですね。胸のあたりが薄いのは、もうずい分
 あげちゃったからなんですか。」
その一言で、ヒナギクの堪忍袋の尾が切れた。
「なんですってー?」
「ワア!」
スックと立ち上がったチョコレート像に、ハヤテは驚いた。
しばらく座っていたヒナギクはバランスを崩し、ハヤテにもたれかかった。
二人は折り重なるように倒れこみ、ハヤテがヒナギクの顔のチョコをなめる感じになった。
「あ、甘い。」
「バカーッ!」
ヒナギクは駆け足で浴場に向かった。
「すみません。ボク、邪魔しちゃったみたいで・・・。日をあらためて出直しますから。」

話は冒頭に戻る。
「あのあと、大変だったのよ。いくらシャワーしても脂がなかなか取れないし。
 体操着は結局ダメになってしまったわ。まだチョコの匂いが残っているの。」
「うまく撮れなかったようですし。とんでもないバレンタインデーでしたね。」
「もういいわ。あんな姿が流出すると迷惑よ。」

ところがカメラを見直した3人娘は、ドタバタの様子がすべて収録されているのに気づいた。
一時停止が自動的に解除されたためだった。
そこで・・・

「兄さん、兄さん、いいDVDありまっせ。3千円ポッキリ。」
「えっ、どうしようかなぁ。」
「やめなさい、理沙。」
仁王立ちする生徒会長。逃げる生徒会役員兼動画研究部。そんな姿がしばし学園内に見られた。
「お嬢様はどう思います?」
「知るか、バカ。」(終)

(注)このショートストーリーは、アニメ「ハヤテのごとく!」のパロディです。
   また、現実に上記のような行為をすると、健康を害するおそれがあります。

(2013年2月16日掲載)


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