底なし沼へのお誘い



夏、マツ姉と2人で河辺を散歩していた。

太縞のラガーシャツにジーンズ姿で髪を短くして、まるで少年のように見えた。

「今度は文章を書いてみたいんだ。」

「新機軸ね。」

「底なし沼にこだわって、マンガや小説、昔話をモチーフに自分の作品を書きたいんだ。」

「その話、もう少し詳しく聞きたいな。」

彼女は土手を滑り下り、立ち上がろうとして、つまづいた。

「足が、抜けない?」

あとから下りてみると、背丈ほどの草に囲まれ、膝までぬかるみに沈んでいた。

「手を貸して。」

しかし、そのつもりはなかった。

今後の参考に彼女の沈んでいく様子を観察しようと決めた。

すでに首まで浸かり、両袖を真っ黒にしてあたりをこね回している。

紅潮した頬にハネが上がったのが美しくすら思えてきた。

「いくらあなたの夢でも、やっていけないことがあるでしょ!」

いきなり足首をつかまれ、泥のなかに引きずりこまれた。

目をあけると、着ていたアロハの胸元まで沈んでいた。

海水が入っているらしく、少し目にしみた。

「おい、冗談じゃないぞ!」

「一緒に行けるところまで行きましょ。」

マジな表情を見て、ヤバいと思った。

とにかく抜け出すために腹ばいになると、上から顔を押さえつけられた。

「ゴボッ!」

「粘土塗られて我慢するモデルの気持ちが分かるでしょ?」

息ができず、口から何度も泥水を飲んだ。

むせてはまた泥水を吸い込む繰り返し。

もうダメだと思ったら、意識が遠くなった…。

(このショートショートは、『死ぬかと思った』(リスペクト刊)2巻より、「利根川の沼地にはまる」をモチーフにしています。)


(ブログ「我夢雑報」2009.12.19掲載)

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