底なし沼へのお誘い・弐
俺はどこで間違ったんだろう。
自殺サイトで出会った彼女とこうして石を拾い、袖やポケットの中に入れる姿はまったくマヌケだ。
沼の縁に二人して立ち、澱んだ水面をながめていると、この一か月の出来事が走馬灯のようによみがえった。
ケチのつき始めは、会社の早期退職への応募だった。
まだ40代、資格もあると思って手を上げると、俺より先に会社の方がリタイア。
資金繰りが上手く行っていないところへ、銀行の貸しはがしにあい、社長から夜逃げ同然の有り様。
倒産を伝えた女房は息子を連れて実家へ。
クソッ、旧家だから頼りにしてたのにな。
それからは、ネットカフェで寝泊まりし、ハローワークに通う毎日。
破れかぶれになってのぞいたサイトにいたのは、親に先立たれたニート、リストカット、うつ病、団地住まいの高齢者など。
生き地獄だった。
思い切って沼に飛び込むと、たちまち頭まで水に浸かり、どこまで沈んでも足がつかない感覚に恐怖した。
苦しい!
まだ生きたかった!
そう願うと、泡の固まりに包まれ体が浮かび上がり、もがいているうちに岸に上がった。
そのかたわらには、彼女が濡れ雑巾のように疲れきって、横たわっていた。
彼女をおんぶしてホテルに戻り、驚くフロントの手から鍵をもぎ取り、順番にシャワーを浴びた。
よく見れば、彼女いい体つきをしている。
20代前半茶髪。白い腕にカミソリの傷跡が痛々しい。
嫌がるのを無理やり押さえつけて、体を奪った。
口づけして、手早く愛撫を済ませ、中に挿れたら、突然ケイレンを始めた。
飛びのいて様子を見ていたら、頭からまるでろうそくのように溶けてしまった。
あとには臭い水たまりが広がっているばかり。
表が騒がしくなってカーテンを開けると、沼で水死体が上がったと騒ぐ声が聞こえた。
しまった、これは沼の主か。
そう気づいた途端に股間が激しく痛み出し、同時に吐き気が止まらなくなった。
受話器をつかんでフロントにダイヤルしたら、一言も言えずに失神した。
(このショートショートは、高橋葉介『夢幻紳士怪奇編1』(徳間書店1986年発行)より、「沼」をモチーフにしています。)
(ブログ「我夢雑報」2010.2.20掲載)
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