彼女の事情(仮題)A



姿見の前に立つボクは、紺無地のセーラー服に黒色のリボンをきちんとしめていた。
そしてフローリングに敷きつめたビニールシートを踏んづけながら、バスルームに向かった。

シャワーから流れるお湯が短く刈り込んだ頭髪に、セーラーの襟の内側に、そして足を引き締めている黒タイツに浸みこんでいく。
この習慣があるおかげで、体育のあとでも教室で汗の臭いのする制服を着なくて済んだし、風邪もひかずに済んだようだ。

適度に体が温まったところで、制服をはがすように脱いでしぼり、リボンは別にして乾燥機に放り込んだ。
タイツをはいたまま、素肌のうえにハイネックの長袖シャツを着込んだ。

ここからが本番。高層階のテラスに置いたビニールプールには、もう何度も使った陶芸用の粘土が入っていて、またお湯を加えて軟らかくしてある。
曇天の下、秋というには少し肌寒い。今年はこれで終わりにするかな。
黒い足先が片足づつ、粘土の山のなかに埋もれていく。グニャリとした感触に、これからすることへの期待がふくらむ。

思い切って尻をつけて、粘土に体重をあずけてみる。かろうじて膝が水面に出ている程度の深さで、腰まわりまで固められてしまった。
あとはもう思うがまま、わきにある粘土をつかんでは腕に塗り、ふくらみが足りない胸に押し付け、汚れていく自分の姿を楽しむ。

自分で自分を汚しているのか、それとも誰かが自分にそうさせているのか。
クラスメイトの前では決して見せられない姿。
ボクは何が不満で、こんなはしたない真似をしているのだろうか。

「お、また潜っているのね。」
叔父が音も立てず、テラスの窓の内側に立っていた。
買い物帰りなのか、これから二丁目での仕事なのか、落ち着いた着物姿で髪を軽くまとめてある。
この叔父の収入と理解がなければ、こんな趣味どころか、親元からの独立もままならなかっただろう。

「ちょっと抜けないの。引っ張って。」
泥だらけの手を差し出すと、イヤな顔一つせず着物の袂を左手でおさえ、男らしい力強い右手で引き上げてくれた。
そしてボクは体をねじらせて、片手をプールの底につき、なんとか起き上がることができた。

すっかり疲れたので、ビニールシートを踏み外さないようにして、バスルームに戻った。
軽く体をぬぐって粘土の塊をバケツに捨ててから、シャワーを始めた。
気が付かないうちに髪にも粘土がついていて、頭を洗うと少しザラザラした。


(注)この文章は、オリジナルです。良い子はマネしないでね。


(2015年12月12日掲載)
(2016年7月16日掲載)


トップへ戻る
inserted by FC2 system inserted by FC2 system inserted by FC2 system inserted by FC2 system inserted by FC2 system