彼女の事情(仮題)C



「ねぇ、クミちゃん。放課後、試食に来ない?」
「うん、行く行く!」

料理同好会のクラスメイトから誘われて断れる者はいないだろう。
大学の家政学部を優秀な成績で卒業した顧問をもち、クッキングコンテストで上位に着けた腕前だ。

6時限目を終えて図書室で時間をつぶしたあと、家庭科室に入ると、チョコと生クリームの甘い香りがした。
「今日はね、ザッハトルテ。」
ホールから切り分けられ、生クリームを添えた一皿が差し出された。
同好会のメンバーが注目するなかで、ケーキを一口。
「大人の味だね。でもちょっと洋酒きつくない?」
ボクは言い終わらないうちに、気を失った。

気がつくと、鏡のなかのボクは水泳帽に水着姿でイスに腰かけていた。
ショートカットが水泳帽に隠されて胸もないので、男子が水着で女装しているようだ。
手首と足首がタコ糸でイスにしばられて立ち上がれない。

「どういう事?」
「先月のバレンタインで渡したチョコ、あとで返してくれたよね。」
「蓮音さんとライン交換したいって頼んだけど、やってないからって断られたよ。」
「だ、か、ら、これは私たちからお近づきの印。体に言いきかせてもらうわ。」

用意されていたのは、バケツいっぱいの生クリーム。
そして何種類かのカットフルーツ。
全身を蒸しタオルで拭き清められ、女体盛りが始まった。

生クリームの感触は冷たく、そして甘い香り。
イチゴやオレンジをスライスしたものが素肌にピトッと貼り付けられていく。
周りの女の子たちはキャアキャア言いながら、ボクをおもちゃにして楽しんでいる。
鏡のなかで変わっていく自分の姿を、ボクは正視できなかった。

「あなたたち、何してるの!」
声に気づいて入ってきた顧問の先生が見たものは、生クリームまみれの女子生徒と、それを取り囲むクラスメイト。
家庭科の授業の教え方が厳しいだけでなく、先生の身長が2メートル近くあるので、見た目でも恐れられていた。

「これはいじめですか? それとじかに肌に乗せたものを、時間をおいて食べるのは不衛生です。」
「年頃の女の子がしていいことといけないことがあるでしょう。恥を知りなさい!」

クラスメイトたちは目が覚めたようになって、ボクの手足をほどき、身体を優しく拭き取ってくれた。

「本当にゴメンね。でもねぇ、惚れる身にもなってよね。」

…これだから女子は、と思いながら、次の試食に期待してしまうのだった。


(注)この文章は、オリジナルです。良い子はマネしないでね。


(2016年3月13日掲載)
(2016年7月16日掲載)


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