彼女の事情（仮題）D

ボクは蓮音クミ17歳、色黒なのに手足が長いからといって、付いたあだ名が「レンコン」。
同じソフトボール部の深田ナズミから、高校生クイズに参加しようと誘われた。
8月のある暑い日、2人で予選会場の福岡ドームに向かった。

入口に大きな横断幕があり、そこに第1問が印刷されていた。
「問題、本能寺の変で明智光秀は織田信長、織田信忠親子を攻め滅ぼしたが、織田信長の家来だった黒人は殺さずに逃がしていた。」
「YES→　一塁側へ入場、NO→　三塁側へ入場」

出場者たちは思い思いにつぶやきながら、携帯で検索したり、誰かに電話で問い合わせていた。
ボクもナズミも日本史は選択していなかったので困った。
「ど・ち・らにしようかな、天神様のいうと・お・り。」
これで一塁側から入ることに決めた。

天井を閉め切ったドームにテンションの高い高校生たちが大勢つめかけたので、クイズが始まる前からもう暑い。
部活のユニフォームを着てきており、その下に着ている長袖黒インナーが肌にはりつき、短い毛先から汗がしたたり落ちた。

グラウンドのステージに現れたのは、テレビでも見たことがある学生服の2人と、あの司会者。
大音響のイントロとともに、最近はやりの、「本能寺の変」ダンスを踊りだした。
そしてそのあと、司会者が叫んだ。
「青春まっただなか、燃えているかー！」

第1問の正解が電光掲示板に表示された瞬間、一塁側には歓声が、三塁側には悲鳴があがった。
第2問目からはグラウンドに降り、各県の代表候補が3,4校に絞り込まれるところまで進み、その日は解散した。

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数日後メールがあって、呼び出された先で観光バスに乗り込んだ。
国道207号線を南下して着いたのは、七浦海浜スポーツ公園。
バスの車内からいっせいのブーイング。カメラはそこをしっかり捕えていた。
脱ぎ着しやすい服装で、水着とタオルを持参するよう言われた訳が、これでわかった。

番組スタッフから簡単なレクチャーがあり、男女に分かれて更衣室に向かい、渡されたゼッケンと短パンを身に着けた。
石段を下りてみると、干潟の泥のなかに四角く囲うように板が渡してあり、手前側には回答ボタンが並べられている。
すでに泥に腰までつかって待機しているスタッフを見て、ナズミがひとこと。
「ああ、本当にここでクイズやるんだぁ。」
えっ、なんだかうれしそう？

県ごとに予選が行われるので、高校生たちがきれいな姿から泥人形のようになって、次々入れ替わるのを見た。
ナズミがボクの腕やひざをたたきながら、どの子がかわいいとか、あの汚れ方はまだまだなどと、同意を求めてくる。
「おぅ、次、頑張れよ。」
見知らぬ男子が泥んこ一色になって、ボクの横を通り過ぎていった。

板の上をすべらないよう気をつけながら、スタート位置までナズミと手をつないで歩く。
彼女はニヤニヤして、明らかにテンションがおかしい。
「北九州女子、深田さん、今日はどうだい？」
「最高ですね！これ、やってみたかったんで！」
その場がドッと盛り上がった。ここのところが、あとでちゃんと放送されていた。

「問題、日本最古の通貨は和銅開ホウまたは和銅開チンとされてきましたが、大量に発掘されたことにより、定説をくつがえした貨幣の名前は？」

たまたまネットを見て知っていたボクは、反射的に目の前に飛び込んだ。
うわっ、軟らかい。
プールに飛び込むのと違い、体が浮くことはなく、腕でしっかりかかないと前に進まなかった。

「富本銭！」

ピンポーン！という高い音がして、自分が正解したことがわかった。
両足が泥から抜け出すことができず、いっしょに飛び込んだ何人かとともに、スタッフに押し上げられた。

そのあとナズミも、ソフトボールのルールに関する問題が出て、難なくクリアできた。
胸から下が軟らかい泥につつまれ、髪にも顔にもハネが飛んだナズミがせまってきた。
抱きつかれて、腕や肩が少しザラザラした感じがした。

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全国大会で東京まで行ったものの、ボクたち2人はすぐに負けて帰ることになった。
東京スカイツリーや雷門を、大勢の外国人観光客に紛れて見たのはいい思い出になった。

たまたま立ち寄ったホームセンターの工芸用品売り場で、いろいろな種類の陶芸用粘土を売っているのを見かけた。
1kg数百円の粘土の塊。
それがボクのいまの保護者を巻き込み、人には知られたくない趣味をもつきっかけになろうとは思わなかった。

ビニールプールのなかで腰まで粘土に包まれ、高いテラスの外気に触れながら、泥んこ遊び。
好みの固さに仕上げた生あたたかい粘土をすくいながら、あの夏、戦った日々を思い出している。

（注）この文章は、オリジナルです。今年の高校生クイズでは、7月27日に全国一斉予選を行うそうです。

（2016年7月16日掲載）

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