「彼女の事情」E



「蓮音・・・クン、ちょっと、イイかな。」

ボクを廊下で呼び止めたのは、白衣を着た化学の先生だった。
今年化学は選択はしていないので、知らない男性からの呼びかけに警戒心が湧き上がる。

「実は・・・写真部の顧問をしていて、キミに手伝いをお願いしたいんだよ。」

去年の文化祭で問題になったアレか。
化学室に暗幕を貼った一画ができて、そこに写真を拡大したパネルが数枚掛けてあった。
写っていたのは、制服やジャージの上から縄で縛られている女性たち。
顔は写っていなかったが、写真部員をモデルにしていたと分かり、生活指導の先生たちと展示を中止するかしないか、モメたのだ。

「・・・ちょっと困るんですけど。」

「じゃあ、報酬を払うよ。キミくらいの年齢だと、イロイロお金が必要だろう?」

指定された放課後に化学室の引き戸を開けると、斜めに差しこむ日射しと、薬品の臭いに刺激された。
すでに部員が何人か来ていて、話しの途中だったのが、ボクに気がついて、こちらをキッとにらんできた。

「あぁ、あの子。演劇部の。」

「なんだ、大したことないじゃない。」

「ちょっと・・・これ、着てみてくれないかな。」

そこに準備室から、何かぶら下げて白衣の男性が現れた。
よく見ると、黒光りしたゴムのつなぎの服だった。

「ゴムじゃない・・・ラバースーツという。この子たちだと、寸法が合わないんだ。」

顧問を化学室に待たせて、準備室で部員に手伝ってもらい、着替えてみた。
キツい。クサい。そして、部員たちの接し方が乱暴。

「ほら、こっちから、手を出して。」

「何よ、わたしたちの方が先生のこと、知っているんだから。」

腰回りから太ももにかけて窮屈に感じながら、恐る恐る準備室を出た。
化学室は校舎の端にあって、新緑が枝を伸ばしているので、校庭からのぞかれることはないという。

「素晴らしい!思ったとおり!」

顧問の指示に従って、座ったり立ったり、手や足を絡ませてのポージング。
部員たちは恐ろしい顔をして、顧問の背後からボクを睨みつけている。

「また、お願いしたいんだが・・・報酬はずむよ。」

「じゃあ、ボクのやり方でなら、してもいいですよ。」

もう終わりにしたかったけど、経験上こういうタイプはしつこいから。
日を改めて、自宅から粘土をバケツに入れて持ちこみ、ハイネックの黒シャツと足首まである黒いタイツに着替えた。

顧問と部員たちの前にビニールシートを広げ、あらかじめバスタオルをそばに置いた。
そしておもむろに粘土をつかむと、両手の手のひらで、すねに粘土を塗り広げた。
たちまちのうちに、ボクの首から下は、彫刻のようになった。

「ふーん・・・面白い。それが、キミのフェチシズムという訳か。でも、もういいよ。キミとは違うことが分かった。」

部員たちもホッとした様子で、ボクの気づかない拭き残しを教えてくれたりした。
化学室を出て、下駄箱に向かう途中、背の低いポニーテールの女の子が、ボクを引き止めた。

「あなたのこと、気になるの。今度、お宅に伺っていい?」


(注)この文章は、オリジナルです。


(2017年12月16日掲載)


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