「彼女の事情」F
彼女は山田初美と名のった。
衣替え前の紺のセーラー服に紺のハイソックス、長いポニーテールを右肩から前に垂らし、頭頂部がすこし薄くなっている。
彼女と駅前で別れるまでに、道で話せるようなレベルで、軽く身の上を話した。
なぜ同級生の前で、泥まみれになれたのか。彼女は自分の目の前で起きたことに、興味を持ったようだ。
お互いに部活のない曜日を選んで、水着着用で部屋まで来てもらうことにした。
叔父にはあらかじめ断って、出かけていてもらうことにした。
まずシャワー。帰りのことがあるので、制服は脱いで、水着姿で。
よく温まってもらってから、ビニールプールへ案内。
足を踏み入れ、腰まで浸かって、胸元まである粘土を自由に塗りたくってもらった。
「頭、どうして薄いの。」
「抜いちゃうの、ストレスで。」
ビニールプールから浴室まで、したたる泥に気をつけてもらいながら案内した後、彼女の身の上を考えていた。
来たときと同じセーラー服姿で、紅茶を飲みながら話す彼女の身の上は、ほぼ想像どおりだった。
受験競争、双子の妹と比べられる成績、小学生の時から弁当を二つ持たされて、学校と塾に通う日々。
有名私立に合格できなかった朝、彼女の人生は大げさでなく、終わりを告げた。
「ここは勉強はそれほどではないけれど、うちの部がアレでしょ。
顧問に気に入られてから、
部員たちに受け入れられるまでがね。」
「で、どうしたの?」
彼女は、おもむろにボクの両手を自分の手で包むように拘束すると、ボクの左手の甲を口元に寄せて、強く口づけをした。
ボクは彼女のしたことがわかって、頬を赤らめた。
「私がなぐさみにしていたのは、毛を抜くことだけじゃないの。
あなたも、あのまま写真部に入っていたら、どうなっていたかしらね?」
叔父がいなくて良かった。
これだから女子校は、と思いながら、ボクは紅茶を飲みほした。
(注)この文章は、オリジナルです。
(2018年2月17日掲載)
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